「ヒツジたちの戯れ」
「波斯の夜明け」
「深海の碧」
以上は仮のネーミングですが、稀にギャッベや絨毯にこの様な名前が与えられるのを目にすることがあります。
一般的には“世界に一枚だけの”と言われるギャッベ。
これらギャッベ1枚づつに名前を付けるという行為。
今回は、そんなギャッベに名前は必要か?ということを考えてみたいと思います。
結論から申し上げると、わたしはギャッベに名前は必要ないと考えております。
その理由として、先ず名付けるという行為自体について考えてみましょう。
“名付ける”とは・・
【どんな場合に行われるものか】
1、子供が産まれた時
2、ペットなどを飼い始める時
3、モノが商品として販売される時
【名前を付ける目的】
・1、2に共通していること・・他と区別して人格を与えること
・3について・・他と区別して特徴を持たせること
・全体に共通していること・・他と区別すること。
そして、その名前自体が“他からどう見られたいかの想いが込められている”のではないでしょうか。
また、モノが名付けられたとき、モノは“商品になる”様に感じます。
最近実際に体験した出来事をご紹介したいのですが、少し前から近所の商店で入手していた柚子胡椒について。
この柚子胡椒、チューブ入り練りわさびの様な柚子胡椒に慣れ親しんでいた私にとっては、非常に新鮮に映りました。
容量や販売者情報のみを印字したシールを貼っている透明容器に入っており、粒が粗く揃っていないものの、味はしっかりしていて粒に歯ごたえがあります。
初めて食したとき「本物‼」と思わず唸ってしまいました。
温かい料理にはかなりの確率でこの柚子胡椒を使用していたこともあり、2週間に1度は購入しておりました。
商店の知人のおばあちゃんが手作りしているそうで、買うたびに粒がパラパラしていたり、品質的に安定しているとは言い難かったのですが、わたしはすっかりこの柚子胡椒のファンになっておりました。
そんなある日、新たに柚子胡椒を買い求めに行くと、何とそのパッケージが変わっているではありませんか!!
今までは、何のネーミングもなくただ販売に必要な最低限の情報しか載っていなかったのですが、新しいパッケージには“●●さんちのこだわりゆずごしょう”の様な名前までついており、どことなくキャッチーな印象に変わっておりました。
直接生産者に聞いたわけではない為、私の妄想ではありますが、
「この柚子胡椒をこれからは“きちんととした商品”として世に出し、多くの人に売っていくのだろうな。」と思いました。
より多くのモノを生産し、多くの消費者に受け入れて貰うためには、
製法をマニュアル化し、均一なクオリティのモノをつくり、他社の同商品と差別化する為の価格及び原材料の見直しなどを行う必要があります。
そしてそういった過程を経た結果として“面白味の欠ける通り一遍の”柚子胡椒になってしまうのでしょうか。
この、柚子胡椒に名前が付いた瞬間に感じたガッカリ感や寂しさ・・
ここまで述べたことは、わたしがギャッベに名前を付ける必要は無いと考える理由を表現するひとつの事例ではありますが、ひとつの“一人前の商品”とする為に、流通過程で無駄な編集(名前付けパッケージング)をすることは不要と考えております。
モノがつくられた状態に近い姿
昔なら当たり前のことだったのでしょうが、これってとても心躍ると思いませんか??